数字塗り絵の歴史 — ダン・ロビンズからあなたのスマホまで
レオナルドの考案と伝えられる工房の知恵から、ダン・ロビンズが1950年代に生み出したクラフトマスターのキット、そしてスマホで自分の写真を塗る今へ。数字塗り絵が七十年あまりをかけてたどってきた歩みの物語です。
わたしたちがよく知る数字塗り絵は、1950年から51年ごろに、ダン・ロビンズという商業画家が生み出しました。彼はデトロイトのパーマー・ペイント社で、オーナーのマックス・クラインのもとで働いていました。キットはクラフトマスターというブランドで売られ、数年のうちにこの発想はアメリカ全土を席巻します。けれど、その種はもっとずっと古く、ふつうはレオナルド・ダ・ヴィンチの考案と伝えられる工房の知恵にさかのぼります。これは、ルネサンスの教育の工夫が、20世紀なかばの一大ブームになり、美術界に何十年も見下されながらもそれをくぐり抜け、やがてあなた自身の写真から絵を描くアプリになるまでの物語です。
古くからの発想 — 弟子のための番号付きの区画
言い伝えによれば、ダン・ロビンズはこの着想を無から思いついたわけではありません。彼はその芽を、もっと古い慣わしに帰しています。ふつうはレオナルド・ダ・ヴィンチの考案と伝えられる考え方で、弟子たちに番号付きの下絵を渡して塗らせ、忙しい親方が大きな絵の単調な作業を弟子に振り分けられるようにする、というものです。レオナルドが実際にそうしていたのかどうかは、記録に残る以上に何度も繰り返される工房の言い伝えのたぐいです。ですからこれは、確立した史実というより、ロビンズが引き合いに出した、あの魅力的な起源の物語として受け止めてください。
大切なのは、その根っこにある洞察で、これが本当によくできています。複雑な画像を、小さくはっきりと区切った領域に分け、それぞれに必要な色を書き添えれば、ほとんどだれでも全体を再現できる、というものです。絵の描き方も、絵の具の混ぜ方も、比率の見極め方も知らなくてかまいません。下絵はもう用意されていて、あなたの仕事は根気と、ぶれない手だけです。このたった一つの発想こそが、その後に続くすべてを動かすエンジンなのです。
デトロイト、1950年 — クラフトマスターの誕生
ロビンズはこの原理を、そのまま商品に仕立てました。まず図案を下描きし、それを番号付きの形に分け、番号ごとにあらかじめ調合した絵の具を割り当てます。こうしてキットは、印刷された台紙と、ずらりと並ぶ小さな絵の具のポット、そして筆一本として届きました。二人のうち商売の側だったクラインは、この発想を精力的に売り込み、市場に通用する顔を与えます。最初の図案は、あえて地味なものでした。静物、風景、そしてこの形式がどこまで広がるかを示すための抽象画を一つ二つ。売り文句は、あらがいがたいほど平等主義的でした。「だれもがレンブラント」というのです。
本当に新しいものがたいていそうであるように、出だしはゆっくりでした。けれど1950年代の最初の数年でキットが足場をつかむと、ただ売れただけではなく、まぎれもない一大ブームになります。塗り上がった台紙が、全国の居間の壁に飾られました。長らく才能ある人や訓練を受けた人のものとされてきた絵を描くことが、いきなり、ふつうの人が平日の夜に台所のテーブルでできるものになったのです。
「これは本当に芸術なのか」
だれもが魅了されたわけではありません。台紙が増えていくにつれ、美術界は身構えます。批評家たちは、大量生産され、指示どおりに塗るだけの台紙を、芸術の正反対と見なしました。独創性もなければ、表現もなく、何百万もの人が他人の引いた線の内側をおとなしく塗っているだけだ、と。かたちを変えつつも聞こえてくる言葉は、いつも同じでした。これは本当に芸術なのか、と。
そうした気取りは、的を外していました。キットは、あなたを画家にするとは一度も言っていません。午後のひとときを絵を描いて過ごし、その結果をちょっとした誇りとともに壁に飾らせてくれる、と言っていただけです。とても多くの人にとって、それは筆が自分のものだと感じられた、はじめての瞬間でした。
そして結局のところ、そちらのほうがずっと興味深い遺産です。批評家たちがどう思おうと、キットは、そうでなければ一生筆を手にしなかったであろう何百万もの手に、筆を握らせました。これが「本物の」芸術に数えられるのかという議論はむしろ、どれほど多くの人が、突然、楽しげに絵を描きはじめたのかを証し立てたのです。
一時の流行から文化史へ
ブームは冷めるもので、数字塗り絵の熱狂も、1950年代が過ぎゆくなかでその頂点を越えました。けれど、この形式は死にませんでした。それ以来ずっとそうであり続けているもの、つまり頼りになる、気楽な趣味へと落ち着き、棚から本当に姿を消すことはなかったのです。そしてその後の数十年で、かつて批評家が退けたものは、まぎれもない文化史の一片として見直されてきました。この現象は、博物館の注目に値するほど真剣に受け止められ、そのなかには、あの慎ましいキットが20世紀なかばのアメリカの好みや不安、余暇をどう映し出していたかを見つめた、スミソニアンのまなざしも含まれます。
あの台紙は、なにかを語っているのです。美しいものを作ることは、ひとにぎりの人のためのものであってはならない。国じゅうがそう心を決めた瞬間を、それはとらえています。もっと広い背景を知りたい方には、数字塗り絵についてのウィキペディアの記事が、出典のしっかりした確かな概観になっています。
同じ衝動を、スマホの上で
時計の針を今に進めると、その一本の筋ははっきりと見てとれます。ありふれた印刷済みのキット、つまりだれかが選んだ決まった絵は、あなた自身の写真を塗ることに道をゆずりました。あなたの犬、あなたの祖母、忘れたくない旅先で見た景色。被写体はようやくあなたのものになりましたが、その民主化の衝動は、1950年にロビンズが売っていたものとまさに同じです。画像を番号付きの領域に分け、人々にパレットを手渡し、だれもが塗れるようにする。
変わったのは、番号付けのやり方です。ロビンズが一つひとつの図案を手で分け、絵の具も自分で合わせていたところを、Wabihana は決まった手順の画像処理で同じ仕事をこなします。あなたの写真の色を読み取り、それを番号付きのパレットにまとめ、塗るべき領域を見つけ出すのです。ここで大事なのは、これはAIではないということです。あなたの絵を思い描き直すモデルなど存在せず、あるのは、あなたの実際のピクセルに当てはめられる、繰り返し可能な手順だけです。このしくみは写真が番号付きキャンバスになるまででくわしく解きほぐしています。
もう一つ、驚くほどそのまま生き残っているのが、人々がなぜそれをするのか、という点です。1953年の魅力も、今の魅力も、同じ静かな喜びです。手を動かし、頭を落ち着けてくれる、はっきりとした、仕上げられる作業。そのことは数字塗り絵が心を落ち着かせる理由に書きました。はじめて触れる方には、初心者向けガイドがいちばんやさしい入り口です。70年あまりを経て、あなたは自分の写真の一枚をキャンバスに変えることが、ほんの数秒でできます。けれどそれは、ダン・ロビンズがデトロイトで箱に詰めた、あの簡素で気前のよい発想と、今も変わらず同じものなのです。